リーティアの隙あらば音楽語り

サブカル系音楽を中心に自分が気に入ったものを布教するだけのブログです

鹿乃×田中秀和「yuanfen」全曲レビュー ~アニソンと同人音楽の交点~

今世紀最強のアルバム、降臨―。

こんにちは!3月になりましたね。3月最初の水曜日、またたくさんの新譜が解禁されて楽曲派の皆さんはお忙しいところかもしれませんが...。そんなたくさんの新譜の中でも一際異彩を放つとてつもないアルバムがありました。

 

鹿乃「yuanfen」

 

...... 何なんだこのアルバムは。まさに今自分が聴きたいと思う音楽のど真ん中を突いてくる大傑作でした収録曲全て新曲、しかも全ての曲の作曲及びアルバムのプロデューサーを手掛けているのがあの田中秀和さん。さらにその秀和氏の楽曲を彩る様々なアレンジャー。まさに大事件でした。

そしてその中でも特にすごいと思った点が、同人音楽、世間的に言うところのKawaii Future Bass出身のクリエイターであるAireさん、およびNorさんが今回のアルバムには参加されていること。アニソンというフィールドで10年にわたってキャリアを積んでいる田中秀和氏とまさにこれから伸びるであろうコンテンツのクリエイターの邂逅は、衝撃的であると同時にある意味では必然だったようにも感じるわけです。秀和氏の圧倒的なプロデュース力とこれからの新時代を幕開けを感じさせるサウンド、その2つを同時に感じさせるアルバムが、これまたニコニコ動画を源流とするアーティストから生まれた。これを事件と呼ばず何と呼ぶのか。この先のサブカル音楽について考察していく上でもまさに「激ヤバ鬼マスト」なアルバムです。

そんなこの作品について、Twitterじゃ語りつくせない...!と思ったわけで、1記事まるまる使って感想を書くことにしました。お付き合いくださいませ。

 

 

※全作詞:鹿乃 作曲:田中秀和

 

 

M1「午前0時の無力な神様」

編曲:Aire

 

アルバム発売に先んじてYouTubeで解禁されていたのですが、その時点でとんでもない衝撃を受けましたね。秀和節をガンガンに効かせたメロディの裏でKawaii Future Bassが鳴ってるんですよ。やばくないですか?しかしただのエレクトロサウンドではなく要所でギターやストリングスパートを引き立たせていて、相当にレベルの高い編曲になっているなって思います。メロディ面において特に秀逸だなと感じたのは2Bの「ああ 何で自分は無力なんでしょう~」の部分ですね。G#mのセカンダリドミナントを見せかけたようでそこに飛ばずにEミクソリディアンのようなフレーズを提示し、次にF#mのドミナントと見せかけてEメジャーに戻ったと思ったらその同主短調のEマイナーでリフレインさせる、と目まぐるしく調性が変わっていくんですね。この部分のコード進行はおそらくA#m7-5→D#7→D△7→C#7→A△7→Am△7となっていますね。(合ってる?) 1つかなり気になる点があるんですけど、コードをつけたのは秀和氏なのかAireさんなのかすごく興味深いんですよね。なかなか一聴しただけでは判別しづらいものです。最後のG#aug/DはAireさんの遊び心のような気もしますが...... とにかく、まさにこの曲は10年代のサブカル音楽の総括であると同時に20年代の音楽のビジョンを示すものとして素晴らしいものじゃないかと。元々「歌い手」は現実の存在を非現実のキャラクターとして売り出す手法を取ってきた界隈なので、そうした売り方が今のVTuberなどにも繋がっているんですよね。そうしたキャラ作りならではの非現実性を帯びた歌詞というのも大きな魅力じゃないかと思います。

 

M2「光れ」

編曲:Nor

光れ

光れ

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NorさんといえばKizuna AIの初オリジナル曲「Hello, Morning」の制作など、まさにVTuber音楽のパイオニアと言ってもいい存在ですが、今回ここにアプローチした秀和さんの目の付け所の素晴らしさを本当に称賛したいなって思います。すごい。午前0時の無力な神様と比較するとメロディもアレンジも割と直球なんですけど、そこに色を付けているのは何といってもNorさんのサウンドの強さでしょう。最近のネットミュージックを通っていれば一発でわかるような個性を持つ彼の編曲なんですけど、これが想像以上に秀和氏のメロディとの親和性を持ってるんですよね。聴いてみないとわかんないもんですね。鹿乃さんの歌声の属性的な問題なのかもしれないですけど。もしかしたら秀和氏は「鹿乃さんなら合う」という絶対的な確信があってAireさんやNorさんをアレンジャーに迎えたのかもしれませんね。まさに奇跡の融合によって生まれた1曲だなって思います。

 

M3「yours」

編曲:田中秀和

yours

yours

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3曲目にして最初の秀和氏自編曲楽曲ですが、さっきまでのKawaii Future Bassから一転、ダウナーな雰囲気を纏ったラテン調(?)の曲です。攻めまくりかよ......

この曲なんですけど、もう全てがヤバいとしか言いようがないです。演奏陣にはギターが堀崎翔さん、ベースドラムがそれぞれDEZOLVE小栢伸五さん山本真央樹さん。編曲のレベルもさることながら、それぞれの演奏者のバックグラウンドが存分に発揮されているのが本当に凄まじいです。特にすごいのが2番後の間奏ですね。いや1番後の間奏もピアノアドリブすごいけど。ここがなんとCハーモニックマイナーパーフェクト5thビロウスケールで8分の15拍子なんですよ。完全にプログレってかこんなことしちゃっていいの?????なんかもう、すごい時代になったなって思いますね。ギターのバッキングがいい味出してるし、ドラムは複雑なゴーストノートの連続帯だし、変態間奏に入る前の変態ベースソロとか、全身大トロか?って感じです。←は?前2曲との落差に酔いしれてくれ...。

 

M4「KILIG」

編曲:ハヤシベトモノリ(Plus-Tech Squeeze Box)

KILIG

KILIG

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 3曲目からはまた一転して陽気なナンバーですね。編曲のハヤシベトモノリさんのことは恥ずかしながら名前を存じ上げなかったのですが、ネオ渋谷系方面で活躍するかなりの実力者の方のようですね。こちらの編曲はKawaii Future Bass的なアプローチを基調としながらも、サビではロックンロールになったり、様々な顔を持つアレンジで展開がすごいです。個人的な聴いた第一印象だとYunomiとsasaaakure.UKを足して2で割ったような感じでした。メロディも非常によく、サブドミナントマイナーのエモーショナルな響きを十分に生かしてます。一般的に田中秀和といえばコードワークのすごさだと思われてしまいがちな気がするんですけど、こうやって他の人が編曲したものとかを聴くとメロディメイカーとしてもすごいんだということを実感する機会になりますね。ネオ渋谷系とFuture Bassの折衷で、レトロフューチャーを味わえる楽曲じゃないかと思います。

 

M5聴いて」

編曲:田中秀和

聴いて

聴いて

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 ここから何曲かはバラード調の曲が何曲か続くんですけど、その最初の曲がこちら。

まず今まで全然言及しなかったですけど、純粋に歌詞がすごいと思った。

「私はあなたが描くように 優しくも面白くもなくて 悪魔にも天使にもなれない あなたが嘆くあなた自身だ」 これは違う誰かではなく、自分自身から自分自身へのメッセージなんですね。すごく美しい表現だなって思いました。そんな感情に秀和氏が示したのはすごく真っ直ぐなメロディ。鹿乃さんの透き通る高音が、まさに心の叫びのように、聴いている自分の心を共鳴させました。そしてその叫びにより説得性を与えているのが、揺蕩うようなメロディとは真逆の真央樹さんの激情的なドラムなんです。普通のドラムパターンだったらこの曲はここまで輝かなかったのかもしれない。秀和さん、真央樹さん、どちらのアイデアかはわからないけど、あのドラムはまさにこの曲から欠けてはならないピースだと思います。歌詞を一通り噛み締めたら、ぜひドラムの音色に耳を傾けてみてください。これを感じるかどうかで、この曲の印象は全然変わると思います。

 

M6「漫ろ雨」

編曲:曽我淳一

漫ろ雨

漫ろ雨

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 この曲は90年代のJ-POPのようなノスタルジックな旋律の曲で、編曲の曽我淳一さんはサザンオールスターズTHE BACK HORNなどのプロデュースに関わっている方です。さっきまでの曲に比べると幾分各々のフレーズの主張は少ないんですが、むしろそれがこの曲の魅力じゃないかと思いましたね。このタイミングでシンプルisベストな曲を入れてくる秀和さんの采配ほんとずるいですよ。。。そんな曲だからこそ堀崎さんのあのえぐいギターソロもより強いインパクトを持って聴こえてきますし、そして落ちサビのコードは見事としか言いようがないです......分数aug、ハーフディミニッシュ、IV#dim7の部分ですね。多分あのコード進行を考えたのは秀和さんのような気がするんですけど、よくこのメロディにこのコードつけるよなぁ、と...そういう人か...

ちなみに「漫ろ雨」という言葉の意味は「いつまでも止まない小降りの雨」のこと。これを知ると雨模様での淡い恋心がすごく見事に表現されたアレンジだなって改めて思いますね。

 

M7「おかえり」

編曲:Oliver Good

おかえり

おかえり

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 1番鹿乃さんらしいなって思ったのがこの曲なんですけど、こういう曲聴くと泣きそうになるんだよな...。僕が聴いて思ったことなんですけど、これは多分ペットが死ぬ歌なんですよね。ほんとに切ない...。最後の歌詞が「少しだけ眠たくなってきた」「もう少しだけこのままもっと起きていたい」「君におかえりを伝えてないんだ さよならまたね」ってこんなん号泣不可避です...。これの編曲を担当したのがMONACAの新鋭オリバー・グッドさん。こんな優し気な曲でありえないほどにえげつないコード進行使ってるのにキャッチーにまとめ上げてきたオリバーさんのアレンジ力は恐ろしさすら感じましたね...。メロディは本当にBメロで短3度転調を挟む以外はほんとに何の変哲もないんですよ。そんなメロディーにこのコード進行がつくんですよ。いや考えられない...。それとあとはバッキングが本当に素晴らしいですね。この曲も堀崎さんがギターを演奏されているんですけど、すごく丁寧に演奏されていてすごく心地いいです。歌詞の意味色々知っちゃったらあれなんですけど、暗さを感じさせないようなオリバーさんの素晴らしいアレンジと共に世界観に浸ってくれたらいいのかなって思います。

 

M8「罰と罰」

編曲:佐高陵平(y0c1e)

罰と罰

罰と罰

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 単刀直入に言うと、y0c1eさんここまでやばいとは思ってなかった...。

キャッチーなエレクトロサウンドを使いながらミステリアスさを出してるって点でさっきの「おかえり」とは正反対のような曲になりますね。エレクトロなんだけど序盤のKawaii Future Bassとは全く違う属性の、トランスのような曲ですね。ベースラインに耳を傾けてもらうとわかるんですけど、意味わかんないほど気持ち悪いんですよ。なんでこれが曲として成立してるのかわかんなくなってくるレベル。しかもシンセじゃなくて生ベースの音を使ってるんですよね。それがよりサイケデリックさを出すのに一躍買ってる感じがしますね。とにかくこだわりがすごい。いやこれをy0c1eさんにアレンジさせようとした秀和氏がすごすぎる。8曲目という何とも微妙な位置にある曲ですけど、今回のアルバムの大穴なんじゃないかなと。キャッチーな曲を作るクリエイターのイメージだっただけにそのギャップに見事にやられました。ボーカルの表情も他の曲とは明らかに違って何かヴェールをまとったようなそんな印象を感じますね。本当に、いい意味でコンセプトから外れた曲だなって感じました。

 

M9「エンディングノート

編曲:sugarbeans

エンディングノート

エンディングノート

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 ついに最後の曲になりました。この曲の編曲は秀和氏の楽曲に度々ピアノで参加しているsugarbeansさんです。「エンディングノート」という題名が示すように、死にまつわる歌、死んだ恋人へ贈る歌です。それなのに弾むような明るい曲調に仕上がっていて、おかえりもそうなんですけどそれが余計に涙を誘うというか...。鹿乃さんの歌声もどこか、悲しみをこらえているような感じがするんですよね...。でもそれが本当に素晴らしいです。

アレンジに関しては、ピアニストであるだけあってピアノのアレンジがやっぱり素晴らしいです←小学生の感想か?やっぱりハーフディミニッシュやクリシェがえもさを出している点ではアニソンのDNAを継承しているんだなといった印象で、所々入るグリッサンドもとても美しいですね。

そうは言ってもこの曲に関しては作詞を褒めたいと思うところで。僕は作詞の方面に関しては何にもわかんないんですけど、言葉のひとつひとつに感性が滲み出ていて、そんなに難しい単語を使っていなくても、いや、使ってないからこそかな?ストレートに気持ちが伝わってきて、共感ではないですけど、言葉に心を動かされるなって感じました。鹿乃さんすごいな......。

 

 

 

とにかくこのアルバムは素晴らしかった!!!

っていう僕の気持ち、これで伝わりましたかね...。実は鹿乃さんは高校の頃から好きだった歌い手さんで、彼女が歌ったクライヤを辛い時何度聴いたかってくらい助けてもらっていました。そこからはファンとして追っていたわけではなかったんですけど、今回こうした素晴らしい作品を通して、再会っていう言い方は違うかな?また彼女の歌声に触れる機会を得れて素直に嬉しかったなって思います。そして一介の作曲家オタクとして、今回、いや今回に限った話ではないですけどこんなに素晴らしい音楽を世に送り出してくださった田中秀和さんをはじめアレンジャーの皆さんに本当に感謝と尊敬の念を抱いています。本当にありがとうございました。

そして、鹿乃さんや秀和さんのファンだけじゃなくて、もっとたくさんの人にこのアルバムの存在を知ってもらって、聴いてもらいたいなって思ってます。音楽的なこととか分からなくても、彼女の歌声、言葉選びの素晴らしさ、それを引き立てるプロデューサーのすごさを、この作品からは感じてもらえると、そう信じています。

 

なんか最後真面目なノリになっちゃったな...。まあ今回はご愛嬌ということで。ここまで読んでくれた皆さん、こんな6000字を超えるような大長文に付き合ってくれて本当に感謝です。また次回の記事でもお会いできるのを楽しみに待ってます!ではでは!